あおたに10のひとり言日記


硬軟取り混ぜ一貫性もなく日々ふと思った事などを書いていきます。
by otomeyuria
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思いがけずにコンサート

木曜日の帰省の前にM監督を訪ね、仕事の進捗状況と
私が参加できるかどうかを聞いてみようと夕方出掛けました。
スタジオは私の家から自転車で10分です。
さっと行って少しお話をして1時間くらいで帰ってくるつもりでした。

スタジオに行ってみるとM監督は自身のアトリエの方にいるとの事、
なんでもデンマークのフォークグループを招いて
アトリエでホームコンサートを開くのだとか。
Sちゃんとお話ししていると丁度お客様をスタジオに案内するM監督に会い、
「聴きにいらっしゃい」と言っていただいたので潜り込む事にしました。

トラッド・フォーク・トリオ「ドリーマーズ・サーカス」。
アコーディオン、バイオリン、シターンと言う弦楽器の演奏。
演奏中にアコーディオンがピアノに替わったりシターンが
別の弦楽器に替わったりキーボードになったり、とたった3人で
演奏しているとは思えないほどバリエーションに富み厚みのある音楽でした。
アクロバティックな危うさではなく力強く繊細。
時にはクラッシックの旋律、かと思うと土の匂いのするメロディー。
足を踏み鳴らして踊りたくなる曲や風に吹かれて草原を歩いているような曲、
人混みの中で孤独を感じるような曲、アンコールに応えて演奏してくれた
4人の子供のうち2番目の娘のために作ったと言う曲は健やかな娘の成長を願う
愛に溢れているようでした。

ドリーマーズ・サーカスの3人もとても楽しそうで、今回の日本ツアーの最後が
ここで良かったと言ってくれました。
これもM監督が今まで生み出して来た作品の恩恵かな。

思いがけず豊かな時間を過ごすことが出来ました。
仕事はできなかったけれどそれはそれです。

もう一つ嬉しかったのは病気療養中と聞いていたT監督と
作画監督でキャラクターデザインのKさんがみえていた事。
お二人ともお痩せになった印象でしたが少しお元気になられたようでした。
心配していたM監督も嬉しかった事でしょう。

M監督とはお話できなかったけれど大体の事はSちゃんに聞けたのでまあよし。
後は私次第です。
さて、M監督のお仕事は出来るのでしょうか?
今持っている仕事は終わるのでしょうか?

人生は自分で選んで進むしかないのでしょうね。



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# by otomeyuria | 2017-12-13 01:18 | 日常 | Trackback | Comments(0)

明後日帰省で心落ち着かず

やらなきゃいけない事が沢山ある割に体が動かず。
いつも言っていますが‥

昨日は美容院へ。
まだ1ヶ月しか経っていないので気になる程伸びているでもなく
2週間ほど前に根元染めもしたので白髪が目立つでもなく、
それでも1ヶ月帰省するとなると絶対途中で鬱陶しくなるだろうと
思った訳です。

「揃えるだけで」と言ったけどやはりちょっと切りすぎか?
美容師さんが右利きのせいかいつも右が少し薄くなる感じ。
微妙なのでその時には気づかないのですが、寒風に吹かれると
「右の首筋が寒い」と思います。
1週間もすれば気にならなくなるでしょうが。
私が神経質?
神経の走り方は人によって違いますから
私はその辺に神経が集中しているのかも知れません。
特に耳の後ろね。

クリスマスもお正月も実家にいます。
ちょっとは実家も楽しい気分にしたいとグッズなどを見て回りました。
と言ってかさばる物も持って帰るのは大変だしなぁ、と貴和製作所に立ち寄ると
可愛い干支のチャームに心惹かれました。
1センチほどの大きさでなかなか良い出来です。
e0097247_14454408.jpg
来年の戌、姉の午、母の卯を購入。
1個200円。(税抜き)
ずっと前に買ってあったストラップの紐があったので早速付けてみました。
e0097247_14452394.jpg
可愛いね♪

戌は私のスマホに付けて、午と卯は姉と母にあげましょう。

外堀体質の私。
やらなくていい事からやってしまう(笑

今日はM監督の所に行って来年の仕事に参加出来そうかどうかを
お話ししたいと思っていますがアポなしなので会えるかしら?

まだ別の仕事を持っています。
実家にも持って帰りますが環境が適していないのと忙しいので
あまりはかどらないでしょう。
どうなるかなぁ、来年の経済生活‥

先週頑張りすぎて肩がコリコリ。
右奥歯の歯茎に炎症が起こっているようなので少し気がかり。

ああ、お尻の辺りがぞわぞわする。
焦っているのかな。
一つずつ、ですね。
でも時間がないな‥




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# by otomeyuria | 2017-12-12 15:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

乳腺科受診日〜7年目〜

すっかり時間が経ってしまいました。

11月28日。1年ぶりの受診日の記録です。
その間婦人科の手術やら検査やら採血やらで何度か病院に行っているので
久しぶり感はあまりありません。
でも主治医に会うのは1年ぶりなのですね。

聞くべき事は血液検査のALPとコレステロールの値が高かった事と
まだ出ていなかった腫瘍マーカー、CTの結果です。
気合いを入れて出掛けたはずが、予約時間を10分遅刻。
診察はいつも通り遅れていたのでまあいいか、と自分に甘い私^^;

受付から1時間ほど遅れて診察室へ。

「こんにちは〜。お久しぶりです」

「お元気?」

「はい。‥と思うんですけど 笑」

1年ぶりなのについこのあいだのような気がする、とお互い言い合い
12月で7年目である事を確認。

「では早速。採血と‥」

モニターを見るT先生。

「まあまあいいかな‥腫瘍マーカーは正常ですね」

「見た事のないALPって‥」

「そうですね。ALPがちょっと高いですね。
 335までが正常値で340なんで」

ALPは肝臓、骨、マイナーなところでは小腸などで上がるとの事。
これくらいだったら無視しても大丈夫と言われました。
でも毎年少しずつ数値が上がっているのは気になると言えば気になる。

「肝臓だったら他の数値も?」

「うん、動く。
 乳がんの術後だったら骨を見ている事が多いけど、
 まあ悪い理由が特にあおたにさんの場合にはないから
 きっと大丈夫です」

「コレステロール値がどんどん‥ 笑」

「まあいいんじゃない?」

「健診の先生には厳しく言われたんですけど」

「それはそう言う仕事だからね。
 正常!違うか、怒られちゃう 笑」

乳がんの経過観察的にはコレステロール値が5くらい高くても
大した事には思えないみたいです。
それでも今まで総コレステロールとしての数値しか出してなかったので
来年は善玉と悪玉を分けて出すようにオーダーしてくれました。

次にCT。

左肺に炎症の跡があるとの事。
去年の画像と見比べながら「大丈夫‥ですね。前の炎症の跡」

「自覚はないんですけど‥」

「風邪くらいひいた事はあるでしょ?」

正常範囲と言われました。

CTの画像は綺麗だと言う事。腫瘍マーカーも異常なし。

「素晴らしい!」

褒められちゃったよ^^

再建胸の上部に脂肪の粒のようなものがあると話しましたが
CTには何も映っていなかったので触診する事もありませんでした。
石灰化と言うより脂肪の塊と言う見解。

来年の11月に予約。
1年後の事なんて想像できないなぁ。

話変わって「結局〜‥?どこの肉を使ったんだっけ?お尻?」

先生肉肉って、デリカシーのない言い方ね。
ざっくばらんな性格を知っているから平気だけど。

「太ももです」

「太もも?前側?」

「内側です」

って、先生すっかり忘れてるな。
再建手術の後液が溜まってタプタプしたのを抜いてくれたじゃない。
ま、いいけど。
上半身にお肉がつかない体質なので一番太りやすい太ももの脂肪を使ったと
改めて説明。
修正手術ではお腹の脂肪を吸引して注入した事も。
再建の事に話が及ぶとは思っていなかったので少々しどろもどろだったかな。
脂肪注入は脂肪幹細胞を注入した方が生着率がいいなどの話もすれば良かった?
乳腺の先生がどこまで再建に関心を持ってくれているのか分からないので
余計な話で時間を取る事になると迷惑だろうと遠慮がちになってしまいます。

「じゃあ、来年また採血をやってCTをやっていらして下さい。
 お大事にして下さい」

「先生もお元気で」

「ははは。へろへろですけど」

ですよね。
絶対暇になる事なんかないですよね。
1年後、大丈夫かなぁ、変わらない先生に会えるかな、と
少し心配しながら診察室を出ました。

また来年。
そして何事もなければ後3回で診察は一応終了です。
何も起こらない事を願うばかり。



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病院敷地の紅葉。
ケヤキかな?

そしていつもの神社。

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イチョウとモミジが美しいコントラスト。
e0097247_18132791.jpg
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お正月には実家にいるので初詣は出来ませんが、
1月は婦人科の検診があるのでその時に参拝する事に致しましょう。
んん、残念。。



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# by otomeyuria | 2017-12-10 02:12 | 診察・検査 | Trackback | Comments(0)

証拠見つかる

昨日の記事の続きです。

なんとなんと、私が友人の新居を訪問したのは事実でした!
私の記憶が欠落していたのです。

まず訪問先の彼からの電話で私がそのメンバーにいたらしい事、
その日付が分かりました。
私もその当時の手帳を残していたので日付から確認したところ
「K宅」と言うメモが見つかりました。

と言う事はその頃スタジオに居なかった私はおそらくメールで
やり取りをしているはず。
その記録は起動しなくなって放置しているノートパソコンの中にあるかも?
一か八かで電源ケーブルを接続し、数時間置いておきました。
そして試しに電源スイッチを入れると死んだと思っていたPCが起動!
メールソフトを立ち上げ2003年に遡ってみました。

おお!友人Iからのお誘い、それに関するやり取りがある!

私は確かに行っていました。
そして訪問後に奥さんともメールのやり取りをしていました。
怖ろしい記憶の欠如です。

当時まぶたに脂肪の固まりが出来る「霰粒腫」と言う眼の病気で
手術で脂肪を取り出したばかりだったので「目が腫れているかも」と
言っています。
その手術の事はよく覚えています。
そして2003年は私がマンションに引っ越した年!
まだ引っ越して1ヶ月程だったので毎日バタバタしていた頃です。
仕事と家の事で頭がいっぱい、それに着付け教室も本部のお稽古も増やして
本格的な勉強を始めたところでした。
とにかく忙しくて友人の家へ遊びに行く事はそれほど大きな行事だとは
感じていなかったのかも知れません。
同じスタジオには居なかったので訪問前後にその件について
話す事もなかったし。

Kさん宅へはその後引っ越した2軒のお家に一人でお邪魔しています。
そんな事もあって記憶が上書きされてしまったのでしょうか。

なんにせよ全く覚えていないと言う事実は結構衝撃でした。
そりゃ、Iちゃんにしてみれば「どうしちゃったの?」と言う話でしょうね。
印象は人それぞれでその時の事は私にとってそれほど印象に残らなかったと
言う事なのでしょうか。

私はこれでスッキリしました。
冤罪呼ばわりしてごめんね、Iちゃん(笑

2007年からはブログがあるから大丈夫。
これからもきちんと記録して行きます!

‥と言いつつまだ書いていない記事もあるんだなぁ‥

 

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# by otomeyuria | 2017-12-06 14:07 | 日常 | Trackback | Comments(0)

記憶がない事の証明は難しい

2年ほど前友人2人とランチをした折、結婚した友人の吉祥寺の新居に
一緒に行ったかどうかの話になりました。
当時新婚だった友人はもう結婚から15年ほど経っていて
現在は八ヶ岳に住んでいます。

私はその頃彼らのいるスタジオと距離を置いていたので
一緒に新居へは行かなかったと思うのですが
一人の友人は私が忘れているのだと言って譲りませんでした。
その後もう一人の友人から「確かあおたにさんではなく
他の人と一緒に行ったと思う」とメールをもらいました。
それでも他にそれを証明できる人はなく、「他の人」と言うのも
誰だったかはっきりしません。
何人かに聞いてみましたがいずれも知らないとの返事。

本当に私ではなかったのか?
私だったとしたら何故こんなに記憶が真っ白なのか?
2年間疑問に思いながらやがて忘れていました。

八ヶ岳の友人とは年賀状のやり取りだけになっているので
電話番号も知りませんでしたがその友人から先週電話をもらいました。
よもやま話の後で不意に思い出し、新婚当時の新居へ
私が行ったかどうかを聞いてみました。

彼もはっきりとは覚えていないとの事でしたが
当時の手帳にメモしているかも、と調べてくれる事になりました。
そして昨日彼からの電話。
3人の友人の名前と「あおたにさんの名前も書いてあったよ」

え〜〜?本当に?

彼によると4人で行った事になっているようですが、その場で私が
話した事や会話のリアクションなどは全く覚えていないのだそうです。
彼の奥さんも覚えていないそうです。
ただ手掛かりは手帳のメモだけ。
それでもメモがあると言う事は私が忘れているだけなのでしょうか。
私は昔の事は比較的よく覚えている方なのですが、1ミリも記憶にないのは
不思議でなりません。

やはりもやっとした思いで色々考えてみました。
もしかしたら‥
当時スタジオにいなかった私を加えて彼の新居に行くと言う計画が
先行していたのではないかしら?
その時点で彼の手帳にメモされたけど私は不参加になったのでは?
でもそれも私の推理に過ぎません。

当時一緒に行ったと言う別の友人に聞きたいところですが
彼女は実家の方へ引っ越してしまったので直接連絡は取れません。
それに15年以上前の事ですから自分の事は覚えていても
私がいたかどうかなんて覚えていなさそう‥

「あーだった、こーだった」と言える出来事があればまだしも
「全く記憶にないのでそれはなかった事」と言うのは
なんの証明にもならないのですね。
こうして冤罪は作られるのかも?
裁判になったら負けるなぁ。

全く動かなくなって放置しているノートパソコンの中に
当時の記録が残っているのかも知れないなぁ、と
ちょっと憎らしく思いつつ横目で眺めています。



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# by otomeyuria | 2017-12-05 01:15 | 日常 | Trackback | Comments(0)